ブールス・リーと倉田保昭

ブルース・リーとの出会い(倉田保昭談+文:北原和秀)<上記写真は、ブルース・リーと香港 啓徳空港にて>
1971年倉田保昭は、初めて「ゴールデンハーベスト」の正門を入っていった。倉田は、当時 違う映画会社「ショーブラザーズ」の映画を中心に活躍していたので、ライバル会社ではあるが、倉田の無二の友人でありブルース・リーの喧嘩友達でもあったロバート・チャンに紹介されての対面となった。
遠くから、段々近寄ってきたブルース・リーに対して背格好はあまり高くない印象だったというが、「アイム、ブルース・リー」と言って握手をした際に、相当な力強さの握手であった。ブルース(以下リー)は、武道に関しては、物凄く研究していて合気道、空手、柔道~すべての格闘技に関して精通していたという。

そして、数日後また会ったときに、倉田は沖縄の武具ヌンチャク(樫の木製)をリーにプレゼントした。そうしたら、殺陣師のハン・インチェが、この武器の使い方をアレンジしてタスキ掛けのような動きを考えた。通常はヌンチャクは、後ろに回したりしない武具である。
ここから、リーの代名詞となる ”ヌンチャク” が世界に広まった。

リーは倉田と同じく極度の近眼で、撮影の際にコンタクトを落として探していたらしい(当時ハードコンタクトしかないが)。

また、雨の日にお互いにカッパを着て走っていて、だれかと思えばリーだったというエピソードもある。
後日、倉田はリーの家に招かれ訪れた。入り口に「エマニエル夫人」が座っているような、篠の椅子にリーが座ってくれて出迎えてくれたという。
家に入ると、武術の本など多数あり相当な読書家だったという。また、アメリカから持ってきたトレーニングに使う鉄の塊みたいなものが置いてあり、
倉田は、「リーさん、これは何ですか?」と尋ねたぐらいだった。また、当時ながら健康に良いサプリメントが沢山ならんでいた。
上階に上がると、部屋は鏡張りだった。このヒントが映画「燃えよドラゴン」で起用されたのではないのだろうか。
はてさて、当時映画会社こそ違い、リーVS倉田のお互い本物の武道アクションは観ることはできなかったが、「ドラゴン怒りの鉄拳」の鈴木役、また「燃えよドラゴン」

の敵対するボス韓(ハン)役にも倉田へのオファーを考えていたという話がある。
当時あれだけ、クンーフーブームのなかで、本物の武道アクションを観れるチャンスを逃したのは、今でもファンともども胸中複雑である。
以下(写真)として、リーの友人ショウ・チリンが主役の、「麒麟掌」という映画で、リーと倉田が一瞬 同じ画面に映るシーンがある。しかし、だれもが思うかもしれないが、是非とも闘いシーンが観たかった。

映画「麒麟掌」

幻の共演シーン!?

この共演シーンは、映画ストーリー中のものではなく記者会見の模様時の撮影フィルムが映画のラストシーンで使用されている。

上段には、ジャッキー・チェン映画でお馴染みの火星(マース)。なんとジャッキー・チェンもエキストラ的に出演しているという凄い豪華メンバーの作品である。